昔から不思議に思っていたことがある。
それは夢の中での出来事。
夢の世界、それはこの世界とは別に存在しているのではないか、という疑問。

その疑念を抱くに至る根拠は、私があちらの世界で、私の知るはずのない、古代語の詠唱とでも形容したくなるような、不可思議な呪文や文字列を口にし、そして読めるはずのない漢字をすらすらと読み、言語構造のわからない会話を理解するといったことをたびたび経験したからである。

もしかして脳は殆どの言語情報を持っていたりするんじゃないだろうか。
これまで経験した情報は、普段は引き出すことができないだけで、実は全てを記憶していたりするんじゃないだろうか。

己の脳内でどのような感情・記憶・情報管理なされているのか、私の知識では無数の脳細胞を繋ぐシナプスを電気信号が行き交うといったオーソドックスな光景しか思い浮かばないが、現代科学ではそれは依然と未知の領域であるようであるし、その未知の領域に現実世界と同じくらい広大な別世界が拡がっていて、いや一つではなく無数の世界が拡がっていて、ただ一つの脳の中で様々な人々や思考が展開されていてもおかしくないのではないか、などと、ともすれば唯脳論に陥りがちな貧弱な知識系統では、そんな想像も案外しっくりときてしまうのである。

しかし今日、そんな疑念、夢や想像に対する決定的な証拠を持ち帰ることが出来た。

その日の夢は高校の教室だった。
その時間は発表会で、各自のレポートをみんなの前で発表するというものだった。
もうすぐ自分の番という頃になって私はみんなに配るレポートのコピーを用意していないことに気付き、急いで教室を抜け出してコピー機へと走った。
そのコピー機の前で色々あった………気がするが、詳細は思い出せない。
とりあえず人数分のコピーを取り終えて私は教室へ駆け戻ったが、そこに教師の姿は無かった。

仲の良い友人に訪ねると、急病で倒れたという。
そして黒板に書かれた彼女の病名。
私はそれが読めなかったが、友人が読みを教えてくれた。

 

そこで目を覚ました私はすぐにパソコンを起動した。

私はこれまでにそんな病名は聞いたことも無かったし、ましてや黒板に書かれたその病名を読むことすら出来なかった。
にも関わらず、もし、夢の中の友人が教えてくれた読みがあっているということであれば、それは夢の世界がこちらの世界と独立しているか、もしくは脳は既にその情報を持ち合わせている、ということの証明になるはずだ。
私は遂に、あちら側の世界で得た知識を、こちら側の世界に持ち帰ることができたのだ!

私は友人に教えられた読みでIMEで変換を試みた、しかし変換されず、次に手書きパレットにその漢字を書き込んだ。


結果、その漢字にそんな読みは無かったし、そんな病名も実在していなかった。


正直がっかりした。

少なくとも夢を見ている間、夢の中の自己はその世界を現実として認識しているはずで、それは自分がこの世界以外にも生きているということであり、それはつまり、記憶は曖昧であったとしても、もしかしたらこちらの世界こそ夢である可能性を考えることが出来るからだ。
要するに、私は現実逃避はできないという事実をつきつけられ、がっかりしたのだった。


勿論、友人が間違って読みを教えた可能性もあるし、あちらの世界ではこちらの世界と読み方が違う可能性だって考えられる。あちらの世界には存在する病名なのかもしれない。
しかしそんなことを言い出せばきりがない。

あの不可思議な呪文も、未知なる言語を理解したのも、恐らくは偶然浮かんだフレーズのような、そんなもんだったのだろう…。

夢は所詮、私の脳が作り出した幻想であって、私自身が理解できないことは、夢の中でもやはり同じように理解できないのだ……。

夢は…、夢の世界は、私の夢想とともに崩れ落ちた―――。


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口語で伝えようとするとなんかだらだらしそうだから、文語で語ってみましたww

まぁ残念ながら、何年間も不思議に思ってきたことに決定打を付けられてしまったわけです。
とりあえずこれを書いたのは、もしもどこかに他に誰か似たような体験をし、疑問をもっている人がいたら、きっとそんな世界は無いよ、と伝えたくて(爆


とはいえ、別世界であるということが前提なら、そこで得た証拠を此方の世界と比較する、という行為自体に矛盾があるので、この証明にあまり意味はないんですけど(駄